白象の気まぐれコラム

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zoom RSS 「ゴッホとゴーギャン展」を観て南仏アルルで破綻した二人の共同生活(2か月間)を想う

<<   作成日時 : 2016/11/03 07:32   >>

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上野の東京都美術館で12月18日まで開催される「ゴッホとゴーギャン展」を観ました。 上掲の写真は 左側がポール・ゴーギャン(1848〜1903年)の自画像 右側がフィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)の自画像で 二人の共通点は 後期印象派の画家として南仏アルルで2か月の共同生活をしたことです。

二人は 生い立ちや性格だけでなく 画風も大きく異なり ゴッホが 現実の世界から着想を得て力強い筆触と鮮やかな色彩で作品を生み出したのに対し ゴーギャンは 装飾的な線と色面を用いて目に見えない想像の世界を表現したと言われています。 その違いは 以下に添付したアルルでゴッホが自宅寝室を描いた「アルルの部屋」や「ゴーギャンの椅子」 ゴーギャンが ひまわりの咲いていない季節に描いた「ひまわりを描くゴッホの肖像」やタヒチでゴッホを想いながら描いた「肘掛け椅子のひまわり」などを見ると 良く分ります。

二人が南仏アルルで共同生活をしたのは 1888年10月23日から12月24日までの2か月です。 絵に対する考え方の違いから 二人の関係は段々と緊張したものとなり 精神に破綻を起こしたゴッホが ゴーギャンに自画像の耳の形がオカシイと言われ 発作的に自分の右耳を切り落とすという事件が起き 二人の共同生活は終わっています。

共同生活を終えたゴッホは サンレミの精神病院で過ごした後の1890年7月に銃で自殺し37歳という短い生涯を終えています。 一方 ゴーギャンは 1891年にフランスの植民地だったタヒチのパペエテに移住し 1903年5月 タヒチから少し離れたビバ・オア島で54歳にて亡くなっています。 アルルでの共同生活を終えてから二人が再会することはなく 手紙を通しての交流は続いたそうです。 ゴーギャンがゴッホを想いながら描いた「肘掛け椅子のひまわり」は 二人の絆を感じさせ 感慨深いものがありました。

私事になりますが 仕事でタヒチを訪問した時に トヨタ代理店社長の案内でゴーギャンミュージアムを訪ねました。 ゴーギャンの原画は海外に流出してほとんどなく 複製ばかりでしたが ミュージアムの庭に「パンの木」があり パンの実が吊り下がっていたことを懐かしく思いだしました。

展覧会を観てから 上野公園の「韻松亭(いんしょうてい)」にて昼食をしました。 明治8年創業の店で 寛永寺の鐘楼に隣接することから 松に韻(ひび)く様を愛でて「韻松亭」と名付けたそうです。
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ゴッホ「アルルの部屋」

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ゴーギャン「ひまわりを描くゴッホの肖像」

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ゴッホ「ゴーギャンの椅子」

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ゴーギャンがタヒチで描いた「肘掛け椅子のひまわり」

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ゴーギャン「タヒチの3人」 左端の女が持つ林檎は「イブの林檎」を示唆したと言われる

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11時開店前に韻松亭の前で並ぶ客

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