白象の気まぐれコラム

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zoom RSS 浅草から吉原遊郭へ舟で通う旧水路「山谷掘」の埋立公園を歩く

<<   作成日時 : 2017/04/10 06:43   >>

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上掲の写真は 江戸時代に浅草から吉原遊郭へ櫓漕ぎ舟で通う水路だった「山谷堀」で 現在は全て埋め立てられ 隅田川岸の今戸から日本堤(台東区)までが「山谷掘公園」として整備されています。

隅田川から現在の三ノ輪までを結ぶ約700mの水路として山谷掘が造られたのは江戸時代初期でした。 1958年の売春防止法で吉原遊郭は閉鎖されて埋め立てが始まり 1975年に全ての埋め立てが完了しています。

吉原遊郭へ通うのに舟を利用したのは お大尽と呼ばれた裕福な人たちで 一般の人は馬に乗るか歩いたそうです。

古典落語の演題に「付け馬」というのがあります。 「付け馬」とは 吉原遊郭で勘定の足りなくなった客を妓楼が従業員に頼んで馬で帰宅する客に同行させ家の前に馬を繋いで集金できるまで待たせたことに由来するそうです。

お大尽の客が隅田川から水路「山谷掘」を利用して吉原遊郭まで舟で行く姿を描いた有名な肉筆画として 葛飾北斎(1760〜1849年)の「隅田川両岸景色図巻」があります。 私はこの絵を すみだ北斎美術館で観て 浅草から吉原遊郭まで舟で通うルートがあったことを初めて知りました。

この絵について もし興味あれば 私の別ブログ記事 すみだ北斎美術館にて初公開された葛飾北斎の幻の肉筆画絵巻「隅田川両岸景色図巻」を鑑賞 を参照ください。

水路として存在した頃の「山谷掘」は 歌川広重の版画「真乳山山谷堀夜景」に登場しています。 隅田川沿いの向島を歩く芸者の後ろに隅田川に流れ込む水路「山谷堀」が見え 山谷掘の左側に見えるこんもりとした高台が「待乳山聖天」です。

「待乳山聖天」は 浅草寺の支院で 良縁良福を求めて祈願すれば必ず成就し”“夫婦仲も良くなると”というご利益があるそうです。
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山谷掘

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山谷掘公園

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山谷掘公園

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歌川広重「真乳山山谷堀夜景」。 隅田川に流れ込む水路「山谷掘」と「待乳山聖天」の森が見える

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待乳山聖天

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待乳山聖天

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