東京大学の「お雇い外国人教師」だったフェノロサ(1853-1909)の現代的意義を考える講演会

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アーネスト・フェノロサ(Ernest F. Fenolosa 1853-1909)の没後100周年記念シンポジウムが東京大学の理学部・小柴ホール(写真上)で開催されたので参加しました。 フェノロサは 明治11~19年の間 東京大学で政治学 経済学 社会学 哲学 美術史などを教えた「お雇い外国人教師」で 岡倉天心は弟子の一人です。

日本でフェノロサ研究の中心となっているのが 日本フェノロサ学界会長・村形明子さん(京都大学名誉教授)で 私とは大学の専門課程で一緒でした。 

フェノロサ没後100周年記念シンポジウムの目的は フェノロサが教壇に立った東京大学において 没後百周年を機にフェノロサの現代的意義について再考することでした。

当日のプログラムは 会場校を代表して小柴昌俊氏(ノーベル賞受賞者で東京大学特別栄誉教授)の挨拶と村形明子さんの開会の辞に続き 以下の講演がありました。

美術史からのフェノロサ再考:辻惟雄氏(ミュージアム館長)
哲学からのフェノロサ再考:加藤尚武氏(日本哲学会前会長)
社会学からのフェノロサ再考:栗原彬氏(立教大学名誉教授)
政治学からのフェノロサ再考:渡辺浩氏(東京大学教授)
経済学からのフェノロサ再考:榊原英資氏(早稲田大学教授)
東京大学史の中のフェノロサ:寺崎昌男氏(東大名誉教授)
東西文化交流の先駆者としてのフェノロサ:林曼麗氏(台北国立故宮博物館前院長)

アーネスト・フェノロサは 日本美術の復興と再生に多大の貢献をしたことで良く知られていますが 他の学問分野でも大きな役割を果したことが 各氏の講演で良く分かりました。 とてもアカデミックな講演内容であり 久しぶりに学生気分に戻れました。 

小柴昌俊氏は 冒頭の挨拶で「明治時代の日本人は外国人(お雇い外国人教師など)から学ぶということに対して非常に熱心であり謙虚であったが もう外国人から学ぶことはないと増長している日本人が最近は多くなった」と心配していました。

フェノロサが東京大学に居た明治11~19年当時 政治学 経済学 社会学 哲学 美術史など広範囲の学問を一人の外国人教授が教えていたのは驚きですが 当時は「リベラルアーツ(Liberal Arts 一般教養)」として広範囲の学問を文学部の中で同じ教授が教えるというのが一般的で 今の大学のように専門課程別に学部も選任教授も細かく分離されたのは明治時代後半になってからだそうです。

大学の学部で専門分野の学問を学んでも 卒業後の仕事に求められるのは ほとんどの場合 一般教養であることを考えると 大学の文系学部4年間では専門分野に分けずに フェノロサが教えていた頃のように広範囲の学問を一般教養(リベラルアーツ)として教えた方が良いのではないかと シンポジウムに参加して思いました。 東大の法学部を卒業して財務省(大蔵省)に入ったが 経済のことは大学で勉強しなかったので何も分からないといったようなことは 文系学部を専門分野別にしている弊害です。

ちなみに私の学士号は「Bachelor of Liberal Arts」です。 教養学士号を持つ私がリベラルアーツの重要性について述べるのは「我田引水」でしょうかネ??!!

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会場校挨拶をされる小柴昌俊先生。 ノーベル賞受賞者


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開会の辞を述べる日本フェノロサ学会会長・村形明子さん


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経済学からフェノロサを再考する榊原英資先生。 元大蔵省財務官

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