村形明子編訳「フェノロサ夫人の日本日記」と仏教の「十戒」

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昨年11月22日に東京大学にて開催されたフェノロサ没後百周年記念講演会の内容については 私のブログ東京大学の「お雇い外国人教師」だったフェノロサ(1853-1909)の現代的意義を考える講演会で取り上げました。 その講演会に間に合わせて上梓されたのが写真上の本 村形明子編訳「フェノロサ夫人の日本日記」(ミネルヴァ書房刊 \5000)です。

本の編訳者で日本フェノロサ学界会長の村形明子さんと私は大学の専攻課程で2年半一緒だったので 興味を持ち読みました。 

アーネスト・フェノロサ(1853-1909)は 東京大学の「お雇い外国人教師」として明治11~19年(1978~86年)の間 政治学 経済学 社会学 哲学などを教え 日本の美術教育と文化財保護活動に尽力した人です。 米国に帰国後 ボストン美術館の日本美術部初代部長に就任しますが その時に助手であったメアリー・M・スコットと再婚し ボストン美術館を辞め 新婦と共に再び日本を訪れます。 「フェノロサ夫人の日本日記」は 日本に滞在した明治29年(1896年)7月6日から11月7日の間にメアリー夫人が日本で見た様を日記にまとめたものです。

日記では 夫妻の日常生活について詳細を伝えるほか 祭り 縁日など当時の風俗や「鹿鳴館」時代名残の社交界の様子などを女性らしい細やかな観察とユーモアをもって生き生きと描写しています。

フェノロサ夫妻と交友のあった内外人に関する記述も興味深いものですが フェノロサが一番頼りにしていた岡倉天心(岡倉覚三1862~1913年)について身近な視点から描かれた記録は貴重なものです。

フェノロサ夫妻は仏教に帰依し 三井寺法名院で明治29年(1896年)9月28日に受戒(洗礼)を受けていますが その時の詳細が日記に記述されています。 夫人は日記の中で「このことは余りにも神聖なので 記録として書き留めておくが 誰かがこの日記をたまたま見つけたとしても この部分は読むのを謹んでいただきたい」と書いています。

儀式の中で 阿闇利から十戒を授けられますが その内容は「盗みをしない 殺さない 悪いことをしない 無用のことを口にしない 怒らない 神聖なことに対して不敬の念をいだかない 人を羨望しない 欲深い考えや行動をおさえる 嘘をつかない 高慢にならない」ようにすることであったと日記にあります。

「モーゼの十戒」というのがありますが 同じ十戒でも仏教(三井寺)とモーゼ(ユダヤ教)では微妙に異なっており その違いを比較してみて面白いと思いました。 「モーゼの十戒」とは以下です。

  1. 主が唯一の神であること
  2. 偶像を崇拝しないこと
  3. 神の名を徒らに取り上げないこと
  4. 安息日を守ること
  5. 父母を敬うこと
  6. 人を殺さないこと
  7. 姦淫をしないこと
  8. 盗まないこと
  9. 偽証しないこと
  10. 他人の物をほしがらないこと

仏教の十戒には「怒らない 無用のことを口にしない 高慢にならない」といった精神的な戒めが多いのに対し モーゼの十戒には「姦淫をしない 盗まない」といった即物的な戒めが多く その差は民族性の差にそのまま繋がるのではというのが 比較してみた私の実感です。

日本定住の夢を果せなかったフェノロサは 明治41年(1908年)にロンドンで客死し 遺骨は故人の遺志に従い三井寺法名院に葬られています。

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この記事へのコメント

2009年01月10日 18:07
今晩は。
フェノロサ夫人が岡倉天心をどのように見ていたか、大いに興味をかきたれました。
仏教の戒とモーゼの十戒の差異に注目されたあたり、さすがに白象さんと感心させられました。共通項が目につく空は至って凡庸なうっかりやです。
2009年01月10日 19:52
空様
コメントを有難うございます。フェノロサと岡倉天心とは晩年になって仲が悪くなったという説もありますが 夫人が日記を書いた頃は良好だったようです。 東京大学の「お雇い外国人教師」としてラフカデイオ・ハーンの人気が高くフェノロサが低いのは 訳編者の村形明子さんによると フェノロサの方が「高慢」だったからだそうです。

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