映画「おくりびと」の原点となった青木新門著「納棺夫日記」

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青木新門著「納棺夫日記」(文春文庫)がベストセラーになっているというので読んでみました。 米アカデミー賞外国語映画賞に輝いた「おくりびと」は 主演の本木雅弘さんの目に留まった「納棺夫日記」がきっかけになって映画化されたものです。 

この本(文春文庫版)は 地味な内容にもかかわらず1996年の初版からロングセラーを続けていますが アカデミー賞により人気が急騰し 今回の増刷で累計印刷45万部に達しています。 映画の内容を追体験したいという読者が多いのだと思いますが この本がベストセラーになっているのは 著者ならではの死生観や宗教観が随所に散りばめられているからだと思います。

著者(1937年生 早稲田大学中退)は生まれ故郷の立山市内で始めた事業(パブ喫茶)に失敗し 子供のミルクを買えないほどに困窮した時に新聞広告に載っていた納棺師(死者の体を清めて棺に納める)という特異な仕事を1973年に得ます。 死と向き合う仕事を続ける毎日の中で 「死」とは何か 仏教でいう「往生」とはどういうことかを真剣に考え むさぼるように本を読み学んだ結果 著者は 生死の現場から遊離した観念だけの教条的な僧侶とは異なる独特の死生観に達します。

著者の死生観の中で 私が特に面白いと感じた箇所をいくつか以下に紹介します。

1.死を忌むべき悪(敗北)としてとらえ 生に絶対の価値を置く今日の不幸は 誰もが必ず死ぬという事実の前に 絶望的な矛盾に直面していることである。
2.宗教(仏教)は 人生の四苦である生・老・病・死を解決することが本来の目的であるが 死後の葬式や法要にスタンスを移し 目的を見失ったまま教条的な説法を繰り返している。
3.死後の葬式や法要(葬送儀礼)という厳粛な宗教(仏教)儀式は一見深い意味を持つように見えるが その実態は迷信や俗信を儀式として形式化した支離滅裂なものである。 それは 「我々はどこから来て 我々は何で 我々はどこに行くのか」があいまいであることから来ている。
4.正岡子規の「病牀六尺」に「悟りということは 如何なる場合でも平気で死ねることと思うのは間違いで 如何なる場合でも平気で生きること」とあるが 正に至言である。 生者が「死とは何か」について体得するということは「如何なる場合でも平気で生きる事ができるようになる」ことであり そのことが仏教でいう「悟り 」である。


死のない生はなく 生と無縁の死もないことを考えれば 人間の生とは 本来 死と一体の「生死」と言われて良いものですが 現世の人間は 「生死」を生と死に引き裂き 死に背を向け 死から目をそらして生きています。 著者の青木新門氏が 本書において見つめているのは我々とは逆の方向で 死から目をそらさず常に向かい合いながら我々が喪失している生の意味です。

「納棺夫日記」が多く人から共感を得ている理由は 「死から目をそらさずに向い合いながら生の意味を考える」という我々とは逆方向の視点にあります。 著者は 「死に背を向けてひたすら生のみ追求している我々は虚構に生きており 真の“生”と出会っていない」として 死をまっすぐ見つめながら「生の意味」を考えることの大切さを説いています。 

尚 映画「おくりびと」を見た私の感想については別記事 職業に貴賎があるかを問う本木雅弘主演の映画「おくりびと」 を参照ください。

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この記事へのコメント

2009年03月16日 08:54
コンパクトな要約とコメント興味深く拝読しました。
私も 納棺夫日記 というタイトルの記事を06年の夏にアップしました。
http://jo.at.webry.info/200609/article_5.html
「生と死」を日常的に考えるということはあまりありませんが、死をみつめつつ生の意味を考えることは、とても大切なことだと感じています。

2009年03月16日 09:23
JO談様
コメントを有難うございます。貴殿の「納棺夫日記」に関する記事を読みました。 2006年9月の時点という随分早い時点で読まれたのですネ。  
2009年03月22日 15:53
今日は。
葬式仏教でもよいんだという意見と、忙しい現代に相応しい納得のできる見送りの儀式があってもいいんじゃないかという模索の間で、揺れています。
死期を知らされた時に逆に生が充実する話はよく聞くところです。
映画評も拝見、キャスティングなど白象さんのご意見に共感しました。
2009年03月22日 17:32
空さま
「戒名も葬式も不要」という遺言を残した白洲次郎のような人も居ますが 納得できる葬儀とは何か難しい問題ですネ。私の映画評のキャスティング部分について共感いただけたようで光栄です。

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