毛沢東という暴君に仕えながら晩節を全うする苦しみを書いた高文謙著「周恩来秘録」

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高文謙著「周恩来秘録」(文春文庫 上下巻)は 文化大革命の開始からその死に至るまでを中心に書いた周恩来(1898年3月~1976年1月)の評伝です。 この本の中国語版「晩年周恩来」は 天安門事件を批判してアメリカへ亡命した著者により2003年4月に米国で発売され大評判となり 中国内での販売は禁止されましたが 2007年に第19回アジア太平洋大賞を受賞しています。

本書で何を書こうとしたのか その狙いを著者・高文謙を序文の中で次の如く書いています。

周恩来とは一体いかなる人物だったのか。 文革期にいかなる役割を果したのか。 言葉を換えるなら 聖壇で生を受けた完全無欠の人物だったのか。 それとも忠義面をした偽君子だったのか。 重大な災禍の中で危機を救った功臣だったのか。 それとも悪人(毛沢東)を助け暴虐を尽くした凶悪犯だったのか。 意図的に二つの役割(毛沢東に距離を置きながら服従する)を演じ分け 政治の綱渡りに長じた演技者であったのか。 それとも人格が分裂した 表裏異なる顔を持つ人物だったのか。

毛沢東(1893年12月~1976年9月)に付き従いつつ国政全般を担当した周恩来に対しては その手腕を高く評価する一方で 中国全体を前例のない動乱と内戦に引きずりこんだ文化大革命を阻止できず毛沢東に服従し協力したとして批判する人もいます。

1966年から始まった文化大革命は、フルシチョフによるスターリン批判が中国で再現され、自分も批判され追い落とされのではと恐れた毛沢東が江青・林彪らの取り巻きを使って阻止しようとして起こした内乱でした。毛沢東の独断専行が理不尽であっても疑義を述べるものは誰でも残酷に粛清されるという中にあって 周恩来は、劉少奇・林彪に続いて抹殺されるのを避けるために 文化大革命には進んで与しようとはしなかったものの、表面上は妄想狂の毛沢東に従い、自分を守るために誠実な同士たちを見捨てることさえしています。

鄧小平は 後日 文革における周恩来の役割について 味わいのある二つの感想を述べています。 一つは もし周恩来総理がいなかったら 文化大革命の状況は更に悪くなっていたであろうこと もう一つは 周恩来がいなかったら文化大革命はこんなに長引かなかったであろうということです。 この評価は 文革期間に周恩来が果した二つの歴史的役割 即ち 文革という歴史的な災難を軽減させたものの長引かせたということを簡潔に指摘しています。

そうした表裏のある二重人格者的な面について 著者は 周恩来の人格的基礎にある儒教的精神と革命家として抹殺されずに生き残り晩節を全うするには毛沢東に従うしかなかったことをその理由として挙げています。 儒教思想に従うなら「臣下は君主に絶対服従すべきもの」であり 政治上の勝者が歴史を書く中国では 劉少奇や林彪のように任期途中で抹殺されると悪者とされ晩節を全うできなくなるので 抹殺されないように服従(保身)し生き残ることが大切だからです。

中国革命が成功したのは 農村でのゲリラ戦から勝ち上がってきた皇帝型指導者・毛沢東と都会育ちで洗練された宰相・周恩来という二人がいたからであり 周恩来は死ぬまでの40年間 毛沢東を支え続けました。 しかしながら 二人の間は 三国志に出てくる劉備と諸葛孔明のような美しい関係でなく 自分の死後 周恩来が文革を否定し自分を批判するのではと恐れた毛沢東と失脚させられることを常に恐れた周恩来とのドロドロした関係であり 本書は こうした二人の関係を余すことなく書いています。

最近 中国は日本を抜き米国に次ぐ経済大国になりましたが 民主化が進まぬまま 共産党幹部が特権階級化し 役人や党員による腐敗が蔓延し 拝金主義の弊害が目につくようになっており 共産党による中国革命で中華人民共和国が成立(1949年)した時の理想から程遠くなっています。 そうした中で 高文謙著「周恩来秘録」は 文化大革命(1966年)以降の中国政治を理解する上で貴重な本であり お勧めです。

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この記事へのコメント

hm
2010年06月03日 16:23
周恩来とは一体いかなる人物であったのか。私の印象にすぎませんが、彼は単に世渡りが上手であったということではなく、清濁あわせのむ大人(たいじん)であり、希代の傑物であった、と言えるのではないでしょうか。日本との関係でいえば、日中戦争の責任は軍国主義日本の指導者にあるとして、戦犯を処刑しなかったこと、賠償請求を放棄したこと(無償援助はあるものの意味合いが異なる)、訪中財界人が過去の侵略を詫びたことに対して、自分の方にも侵略を許した責任ががあると言ったこと、日本の傀儡であった溥儀をそれなりに遇したことなど、日露戦争後日比谷焼き討ち事件をおこしたごとく、日本が逆の立場だったら考えられない対応だと思います。彼はそれらを露骨な外交カードとして使ったようにはみえず、だとすれば、その真意は那辺にあったのか。この本から得られるヒントが彼の儒教的精神ということなのでしょうか。
白象
2010年06月03日 16:29
hmさま
周恩来の功績は大ですが毛沢東に付き従いながら職責を果さざるを得なかった所に限界があり 鄧小平の評価は的を得ているのではないでしょうか。
hm
2010年06月04日 10:39
私は、「周恩来の限界」とみるより、逆に自らの立場をわきまえ、ナンバーワンの地位を脅かさない賢明さをもっていたと解釈します。毛沢東が自分を超える人物とみたら、周恩来もその地位から追放されたのではないでしょうか。頼朝と義経の関係ではありませんが。
白象
2010年06月04日 11:33
hmさま
コメントを拝読しました。 ご指摘のとうりであり 周恩来は賢明な人であったと思います。
酒楽(hm改め)
2010年07月03日 12:02
お勧めの本を読みました。ニクソンは周恩来のことを「彼は偉大な人間であり、今世紀でも数少ない偉人である」と言っており、私が「希代の大人」と評したのもあながち過大な表現ではなかったようです。ただ、著者が周恩来のいかんともしがたい境遇について感じる西側政治家のごく一部の人間の一人というニクソンの、「彼は巨大な影の中に暮らしているように見えた」という裏面は想定外でした。私は、毛沢東は彼を腹心の部下として信頼していたとのだと思っていました。民主主義体制でも、企業、政界を問わず人の集うところに権力闘争は珍しいことではありませんが、周の生死にかかわる病の手術にも毛の許可がいる、毛はそれを嫉妬のゆえに許可しないという冷酷悲惨な話を知れば、全体主義独裁者の怖さをスターリンや金正一などとともに思い知らされます。
酒楽
2010年07月03日 12:06
訂正:金正一→金正日
白象
2010年07月03日 17:00
酒楽さま
分厚い本なので読むのが大変だったと思います。この本によると 毛沢東は周恩来を腹心の部下として信頼せず スターリンにとってフルシチョフの如き存在になることを恐れていたようですね。

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