数学者である夫・藤原正彦と家族を書いた軽妙なエッセイ・藤原美子著「夫の悪夢」

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エッセイ集「夫の悪夢」を書いた著者・藤原美子の夫は「国家の品格」などの著書で知られる数学者・藤原正彦で ご存知の如く その夫の両親は新田次郎・藤原てい夫妻です。 この本について 月間雑誌・文義春秋の広告に「面白い!とてもよく書けている!けしからん部分を除いて」という藤原正彦の評が載っていたので読みたくなりました。

\1500を払って買うまでもない本なので 浦安図書館から貸し出しを受けて読みましたが とても面白い内容でした。 最近では 新刊本を図書館から貸し出して貰うのに 図書館まで出向かなくても 図書館のホームページから予約できるので 買わずにチョット読んでみたいような場合に 私はこの制度を利用しています。

著者・藤原美子は この本「夫の悪夢」(文芸春秋)の中で 夫・義父母・3人の子供達や英国での生活などについて ユーモアたっぷりに書いています。 例えば 信州育ち(生まれは満州)の夫・藤原正彦について 「信州人気質」と題するページで次のように書いており 読んで思わず笑ってしまいました。

信州の両隣りは甲州と越後である。 甲州商人 越後商人は聞きなれた言葉だが 信州商人という言葉だけはこれからも聞くことがないに違いない。 商売不熱心というのではない。 山に囲まれた信州人はよそ者との付き合いが少なかったためか 他人の微妙な心理を読み取ることが苦手で 何事にも本音で応じてしまうように見える。 しかも言葉自体に飾り気がなくぶっきらぼうでる。 私は信州人のこんなまっすぐなところが好きだ。 信州出身の夫が 深山の湧きいずる泉のごとく純粋無垢で絹糸のように弱く繊細な私の気持ちを察したりご機嫌を取ったりできないのも 仕方がないとあきらめることにしている。

映画「劔岳 点の記」の原作者は義父の作家・新田次郎です。 木村大作監督に誘われ 役所広司扮する古田盛作の妻役として著者がこの映画に出演したことを この本を読み初めて知りましたが 息子3人と共にこの映画に出演した顛末なども 面白可笑しく書かれています。

著者の夫・藤原正彦は「50ワットと100ワットの電球を直列に繋いだらどちらが明るいか」という質問を 小学校6年生の息子から出され 正しく答えらなかったところ「パパはそれでも本当に東大の理学部を出たの?」と笑われたそうです。 この話は藤原正彦のエッセイ集「父の威厳 数学者の意地」に紹介されています。

この話に興味を持った私は 「50Wと100Wの電球では どちらが明るいか?」 と題する2007年6月1日のブログ記事で解明しましたが この記事はとても人気が高く この記事だけでアクセス数が 今日現在 7800にも達しています。 もし興味があれば覗いてください。

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この記事へのコメント

2010年06月16日 21:42
15日の読売新聞夕刊に藤原正彦が長いエッセーを書いています。その中で、美子さんの文章がうますぎるため、夫の正彦氏が代筆したのではないかと疑われたと書いていました。ご夫妻そろって、いい文章を書くようですね。私も奥さんのものを読んでみようかと思います。
2010年06月16日 21:47
遊歩さま
コメントを有難うございます。15日の読売新聞夕刊に載った藤原正彦氏のエッセーを読んでみます。
hm
2010年06月17日 13:39
私は、「一事をもって全否定することはしない」、ということを常々心しているつもりですが、彼がフジテレビの番組で、皇室問題(女系天皇の可否だったか?)に関して「伝統というものは論議の対象にしてはいけない、それが伝統というものだ」と、私には暴論(ムチャクチャ)としか思えない言説をまくしたてていたのを聞いて以来、彼を囃す世間の風潮に反して、この人物の発言は無視しています。例の本も読んでいません。
「一事をもって全肯定しない」というのも私の意識していることであり、彼が“たまにはいいことも言う”としてもその人物の根底にある思考、思想に偏重を感じるのであれば、おつきあいはゴメンです。



白象
2010年06月17日 14:42
hmさま
コメントを有難うございます。 藤原正彦は文芸春秋7月号に「日本国民に告ぐ・一学究の救国論」と題する文章を載せていますが チョット極端論に走り過ぎたというのが私の読んだ印象です。
hm
2010年06月18日 20:05
私が、“例の本も読んでいません”と記したのは、それ以前にやはり月刊文春に書いていたのを読んで(題は忘れました)、白象さんと同じ印象をもったからです。
数学の世界では1+1=2は絶対に正しくても、人文科学や社会科学の世界は、人間の営みにかかわる問題ですから、1+1=2は絶対に正しい、あるいは「これが絶対に正しい」とは言えないことがいくらでもあります。氏の言説には、そうした視点に欠けているところがあり、高みからものごとを断定的に規定する傲慢さを感じます。レスは不要です。

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