日本人固有の思考や行動は「辺境人」に起因するという内田樹著「日本辺境論」を読む

画像
「新書大賞2010」を受賞した内田樹著『日本辺境論』(写真上)を読みました。 日本人固有の思考や行動は その辺境性にあるとする著者の論に目新しさを感じましたが しかし 本書のコンテンツは先賢たちの書いた日本人論の「抜書き帖」みたいなもので 新しい情報は何もないと 著者は冒頭で先ず断っています。

先賢たちの書いた日本人論の「抜書き帖」として 著者は半世紀も前に書かれた梅棹忠夫著「文明の生態史観」から次の文章を先ず引用しています。

日本人にも自尊心はあるけれど その反面 ある種の文化的劣等感がつねにつきまとっている。 それは 現に保有している文化水準の客観的な評価とは無関係に なんとなく国民全体の心理を支配している一種の「かげ」のようなものだ。 ほんとうの文化は どこかほかのところでつくられたものであって 自分のところのは なんとなくおとっているという意識である。 おそらくこれは はじめから自分自身を中心にしてひとつの文明を展開することのできた民族と その一大文明の周辺諸民族の一つとしてスタートした民族とのちがいであろうと思う。

「日本辺境論」の中で著者・内田樹氏が展開する日本人論は 全て梅棹忠夫著「文明の生態史観」に書かれている上記の引用文を幹とした枝葉と言えるものです。 

枝葉として具体的に 内田樹氏は「辺境人」としての日本人の特殊性について 次の如く述べています。

1.日本人は「日本はどうあるべきか」について 他国と比較し他国を基準にして
  しか語ることができない。
2.日本人は 常にその場における権力との親疎(しんそ)を最優先に配慮する。 
  おのれの思想と行動の一貫性よりも 場の親密性を優先させ「長いものには
  巻かれ」てみせ その受動的なありようを恭順のメッセージとして差し出す。
3.日本人は 自分自身が正しい判断を下すよりも 「正しい判断を下すはず
  の人」を探り当て その「親近」にあることの方を優先する。
4.日本人は 世界のどこかに世界の中心たる「絶対的価値体」があると考え 
  それにどうすれば近づけるか どうすれば遠のくかに基づき思考と行動を
  決める。
5.日本人は 世界標準に準拠してふるまうことはできるが 世界標準を設定
  できない。
6.自分の意見を持てない日本人が妙に「断定的」になることがあるが 
  それは他人の意見を受け売りしている時に限る。
7.日本人には「辺境人」として持つ「強み」もあるので その強みを発揮
  すべきである。

上記の特殊性は 私自身にも当てはまるので 辺境人としての自分を改めて認識しました。

幹の部分を半世紀も前に書いた梅棹忠夫の先見性に感心しましたが 枝葉の部分を膨らませて優れた「日本人論」に発展させた内田樹著「日本辺境論」は一読に値します。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

この記事へのコメント

butn
2010年09月30日 11:51
大東亜戦争で負けたわが国は、この戦争で過ちを犯したと植えつけられてている。この戦争でも東南アジア諸国を欧米の植民地から開放したので、戦争の賠償もアジア諸国から求められなかった。日本が戦わなかったら、日本を含め東南アジア諸国は、アフリカ諸国のように欧米の食い物にされていたかも知れないのである。日本民族は、もっと誇りを持って良い。

大阪地検特捜部の現役検事のなかにも、長いものには巻かれよの時代に、わが身をかえりみず堂々と正義を述べる者が存在したことによって、今回の巨大犯罪がもみ消されずに済んだのであり、この勇気あるものを忘れているが、この人達に感謝をしなければ成らないと思う。
白象
2010年09月30日 15:11
butnさま
コメントを有難うございます。

この記事へのトラックバック