法隆寺を60年ぶりに再訪し正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句碑を発見

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法隆寺を初めて訪ねたのは中学校の卒業旅行でしたが 今回 60年振りに再訪し正岡子規の句として有名な「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句碑を初めて発見しました。 上掲の写真は その句碑で 西院伽藍から東院伽藍に向かう途中にある鏡池の畔にあります。

この句は 明治28年(1895年)に正岡子規が法隆寺に立ち寄ってから 喫茶店で一服して大和名産の柿(御所柿)を食べていた時に法隆寺の鐘が鳴り、その音色に秋の訪れを感じたというのが この句に込めた想いだそうです。

正岡子規は 奈良を訪れた明治28年に、かなり病状が悪化していたので 実際に法隆寺を訪れることができたのかどうか疑問視もされており 明治35年に35歳の若さで亡くなっています。 ちなみに正岡子規が 法隆寺を訪れた10月26日は この句にちなんで『柿の日』に制定されています。

「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句は 生涯に20万を超える句を詠んだ子規の作品の中で特に有名な句で 芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」と並らぶ名句とされていますが 夏目漱石の詠んだ句に「鐘つけば銀杏ちるなり建長寺」という良く似たものがあるので 子規が「柿くへば」の句を作った際に 漱石の「鐘つけば」の句が頭のどこかにあったと推測されるそうです。

正岡子規の句が『海南新聞』の1895年11月8日号に掲載されたのに対し 漱石の句は同じ『海南新聞』に2か月早く掲載されており 漱石と子規は同じ俳句仲間として仲が良かったので 子規が漱石の句にヒントを受けたと考えるのは妥当なようです。 

子規が聞いた法隆寺の鐘は 西院伽藍・大講堂の前方東側の回廊一角に経蔵と相対してある鐘楼に吊るされており 今も当時の音色を響かしています。

以下の写真は法隆寺境内を 南大門→西円堂→五重塔→金堂→宝蔵殿→回廊→鐘楼→東大門→夢殿の如く 私が歩いた順に撮ったものです。
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南大門(総門)

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八角造の西円堂

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五重塔。 日本最古の五重塔

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金堂。 本尊は止利仏師作の釈迦三尊像

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大講堂

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回廊

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鐘楼

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東大門

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八角円堂の夢殿。 聖徳太子を供養する東伽藍の本堂。 救世観音像を安置

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