愛宕神社の石段86段を騎馬にて登り徳川家光に誉められた馬術の達人・曲垣平九郎を想う

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上掲の写真は 愛宕神社正面・男坂の石段86段で 別名「出世の石段」として知られています。 その由来は次のようなものです。

寛永11(1634)年1月,将軍徳川家光が芝増上寺参拝の帰りに愛宕山を過ぎる際,騎馬で山上の梅花を折ってくる者を求めた。3人が試み,いずれも落馬し登れなかったので 讃岐高松藩士・曲垣平九郎が申し出て馬に乗り,一気に86段ある急勾配の愛宕神社石段を登って紅梅,白梅を一枝ずつ折り家光に差し出した。家光は「日本一の馬術の名人だ」とほめ,名刀一振りを与えた。平九郎は その後 尾張藩で900石を得たことから この石段は「出世の石段」と呼ばれるようになった。

曲垣平九郎という侍は実在した人物で 愛宕神社の社殿左横には曲垣平九郎が枝を手折って家光公の献上した梅の木が「将軍梅」として現存しています。 樹齢約400年という計算になるので 同じ梅の木か疑問に思い調べたところ 樹齢400年を超える梅の木は結構あるそうです。

愛宕神社は標高26mの愛宕山山頂にあり 東京23区内の自然の地形として最も高い場所です。 愛宕神社は 1603年、江戸に幕府を設けた徳川家康の命により防火の神様として祀られたもので 井伊直弼を殺害する前に水戸浪士たちが集まり神の加護を念じたとされています。 

また 江戸城を攻めようとしていた明治元年に幕軍の勝海舟は官軍の西郷隆盛を愛宕山に誘い眼下に見える江戸の繁華な市街を炎の巷にしないように江戸城無血開城について話し合ったとされています。 史実かどうか ちょっと疑わしいですが 愛宕神社境内にそのような説明板があります。

尚 京都の愛宕山(標高924m)山頂にある愛宕神社の総本社が有名ですが 東京都港区にある愛宕神社はその末社でありません。
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大鳥居

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石段上から石段下を見る

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丹塗の門と社殿

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曲垣平九郎が枝を手折って家光公に献上した「将軍梅」

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女坂を上った所にある池

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