賤ケ岳の戦いで七本槍の一人として活躍した松山城初代城主・加藤嘉明を想う

matuyama1.JPG愛媛県松山市の中心部にある勝山(標高132m)山頂に建つ平山城・松山城(伊予松山城とも呼ぶ)を訪ねました。 上掲写真の連立式天守は 大天守と小天守・南隅櫓・北隅櫓を3棟の渡櫓(廊下)で結ぶもので 姫路城と同じ形式になっています。

平山城というのは 平野の中の小高い丘の上に築かれており 高い山の上に築かれた岐阜城などの山城と異なります。 戦国時代が終わりに近づくにつれ 戦うことを優先してつくられた山城に代わり 領地を治め住むのに便利な平山城が造られています。 松山城は姫路城 和歌山城と共に日本三大連立式平山城と言われ その主天守は日本に現存する12天守の一つに数えられています。

松山城の創設者・加藤嘉明(1563~1631年)は 羽柴秀吉に見出されて家臣となり、20才の時に賤ヶ岳の戦いで七本槍の一人として活躍しました。 37歳の時に 関ヶ原の戦いで徳川家康側に付き その戦功を認められて20万石に加増され 1603年に伊予松山藩の初代藩主として松山城の築城を開始しますが 完成直前の1627年に会津藩へ40万石で転封されています。

信頼できる奥羽の守りとして徳川秀忠により抜擢されたもので 加藤嘉明は 秀吉・家康・秀忠から高い評価を得ていたことが分かります。

松山城の見学後にタクシーで道後温泉駅まで行き 周辺を散策しました。 道後温泉は 有馬温泉(兵庫県)、白浜温泉(和歌山県)と共に日本三古湯の一つです。
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大手門跡に向かう途中の石垣


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大手門跡から観た大天守


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戸無門


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一ノ門手前から観た天守


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筋鉄門


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天守見学の入口


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天守からの眺め(東の道後温泉方面)


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天守からの眺め(南の本丸広場を一望)


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リフトで東雲口へ降りる


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道後温泉駅に停車中の「坊ちゃん列車」


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映画「千と千尋の神隠し」のモデルになった道後温泉本館

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