吉田茂の豪邸と麻生太郎さんのユーモア

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神奈川県大磯町にある吉田茂邸は一般公開されていませんが 三越友の会バスツアー参加者としてなら見学できるという案内があったので行ってきました。 

バスツアーは日帰りで 午前中に先のブログ記事で取上げた島崎藤村邸を見学し 昼食を大磯プリンスホテルで済ませ 午後に旧吉田茂邸を訪問しました。

吉田茂邸は 養父吉田健三が明治17年に別荘を建てたのが始まりで 戦後 内閣総理大臣として外国賓客を招くため 「吉田御殿」と呼ばれる豪邸(数奇屋風和風建築)を吉田茂(1878年~1967年)が新築したもので 敷地面積は1万坪 建物床面積は300坪です。 昭和42年に89歳で亡くなるまで 多くの人が吉田茂に会うために吉田御殿を訪れてことを「大磯詣で」とか「大磯参り」と呼んでいます。

写真上は 庭から見た旧吉田茂邸の正面で 右端に見える石灯籠の奥が玄関となっています。

吉田茂邸は 昭和44年に西部鉄道の所有となり 大磯プリンスホテルが管理しています。 経営再建を目指す西武鉄道としては 年間約数千万円とも言われる維持管理費に困り売却先を探していましたが 神奈川県に土地のみ売却し建物は寄贈することで2年ほど前に決着したそうです。 4~5年先には県立公園として生まれ変わり 旧吉田茂邸は庭と共に一般公開されることになります。 民間に売却されれば 取り壊される可能性があったので 貴重な歴史的建造物を神奈川県が保存することになり良かったと思います。

吉田茂の功罪について このブログで私論を展開しても仕方ないので 省略しますが 敢えて罪の部分を一つ挙げるならば 日本の政治を過度の官僚支配にした点だと思います。 

巧みなジョーク(ユーモア)で知られ ある日 大磯を訪れたある財界人が米寿を過ぎてもまだかくしゃくとしている吉田茂に感心して「なにか健康の秘訣でもあるのですか」と尋ねると 「それはあるよ。だいたい君たちとは食い物が違う」と吉田茂は答えたそうです。そういった食べ物があるのならぜひ聞きたいと財界人が身を乗り出すと 「それは君、人を食っているからさ」と笑ったそうです。

衆議院議員・麻生太郎氏は吉田茂の孫(三女・和子の長男)であり そのユーモア(ジョーク)は祖父譲りと思います。 

今から30年ほど前 私がフィリピン・マニラのトヨタ代理店( Delta Motor Corporation)に駐在して居た時に 日本青年会議所の代表として来られた麻生太郎氏にお会いしたことがあります。 私がお仕事を聞いたところ 麻生太郎氏は「水商売です」とだけ答えられたので 貰った名刺を見たら「麻生セメント社長」となっていました。 その時に妹さんの信子さんもご一緒で夕食を共にしましたが 信子さんは後に髭の殿下として知られる寬仁親王のお妃になられたのでビックリしました。

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玄関口


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内門。別名は兜門。 昭和26年に締結された日米講和条約を記念して建てられたので「講和条約門」とも呼ばれる


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七賢堂。 岩倉具視、大久保利通、三条実美、木戸孝允、伊藤博文、西園寺公望、吉田茂の7人が祀られている
 

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銅像。 相模湾を望む場所にあり ここだけは邸宅の外側から一般人も入ることができる

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