真鶴半島の中川一政美術館にて知った「長生きの秘伝」とは?

画像
過日 天気の良い日に真鶴半島まで日帰りドライブをしました。 写真上は 半島先端部の真鶴岬から突き出した奇岩「三ツ石」の眺めで なかなかのものでした。 帰路 真鶴半島の原生林内に真鶴町にアトリエを構えた日本洋画壇の重鎮・中川一政の絵を展示した中川一政美術館に寄ってみました。

中川一政は 洋画、水墨画、版画、陶芸、詩作、和歌、随筆、書と多彩な作品を残しましたが 全てが独学で 自ら「在野派」と称し洒脱な文章でも知られています。 生前 「真鶴町に構えたアトリエは日本一広い」と自慢していたそうで 中川一政美術館に隣接する喫茶室内に そのアトリエが復元され公開されていました。

中川一政は 明治26年(1893年)に生まれ 平成3年(1991年)に97歳11カ月という高齢で亡くなっています。 ほぼ98歳まで長生きできたのは 近くに住む鍼灸治療医・間中喜雄から「長生きの秘伝」を授かり実践していたからのようであり 復元されたアトリエ内には その秘伝を書いた次のような内容の色紙が展示されていました。

長生きの秘伝
六十、七十であの世から迎えがきたら、留守だといえ
八十になってえんまの使いが来たら、まだ早いと断ってしまえ
九十になってどうぞといわれたら、そうせかせるなと怒って見せろ
百になったらそのうち時期を見て、ぼつぼつゆくからとはぐらかせ
右の条々忘るべからず
                   間中善雄


この「長生きの秘伝」は ぎっくり腰になった中川一政が治療を受けた間中病院理事長・間中喜雄の診察室に色紙として飾られていたもので ひと目見て気に入った中川一政が頼み譲り受けたものです。 間中喜雄は 当時 鍼灸治療の権威として有名な医師で 著書も数多く残しています。

今では多くの人が知っているこの秘伝内容は 間中喜雄という人が最初に作ったものでは必ずしもないようで 誰の創作なのか明らかでないそうです。

皆さんも 中川一政に習い長生き出来るように この「長生きの秘伝」を実践してみてください。
画像

中川一政美術館の建物

画像

復元された中川一政のアトリエ

画像

「長生きの秘伝」の書かれた色紙。 鍼灸治療の医師・間中喜雄の印が押されている

画像

真鶴半島先端部の真鶴岬から突き出した奇岩「三ツ石」

画像

貴船神社。 889年(寛平元年)の創建と伝わる

"真鶴半島の中川一政美術館にて知った「長生きの秘伝」とは?" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント