赤坂にちなむ「赤坂氷川神社・大石内蔵助・勝海舟」という三題噺

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写真上は 今から40年ほど前に私が結婚式を挙げた赤坂氷川神社(港区赤坂6丁目)です。 過日 赤坂にあるに人間ドック「東建メディカルクリニック」にて健康診断を受けた後で 久しぶりに寄ってみました。

何故こんな所で結婚式を挙げたのかと思われるかも知れませんが 友人の紹介で結婚式の披露宴を国際文化会館(港区六本木)にて行うことを先ず決めたところ 同会館内では宗教儀式を行えないので 披露宴の前に近くにある赤坂氷川神社にて神前結婚式を済ますよう薦められたものです。 それまで赤坂氷川神社の名前も場所も知らなかったのですが 由緒ある神社であることをその時に初めて知りました。

赤坂氷川神社の本殿は 八代将軍・徳川吉宗により享保15年(1730年)に建立されています。 元禄時代に この地は忠臣蔵・浅野内匠頭の夫人・瑤泉院の実家があった場所で 忠臣蔵の有名な場面「南部坂雪の別れ」では 大石内蔵助が討ち入り前に訪れて浅野内匠頭の未亡人・瑤泉院に別れを告げています。

調べてみたところ 瑤泉院が南部坂にあったこの地(浅野家下屋敷)に住んでいたのは刃傷事件までであり この話はまったくの創作だそうですが 忠臣蔵の有名な場面に登場する由緒ある場所であることは確かです。

赤坂は勝海舟が住んだ地としても知られており 赤坂氷川神社の境内には近くにあった4稲荷神社を明治31年に遷座合祀し 勝海舟により『四合(しあわせ)稲荷』と命名された稲荷神社もあります。

勝海舟は 赤坂氷川神社に向う坂道「本氷川坂」の坂下にある丁字路の一角に 安政6(1859)年から慶応3(1867)年の間 住んでいたことがあり 現在その地に建つ「ソフトタウン赤坂(1階にバーGABYがある)」には勝海舟邸跡という標識が付されています。

ということで 「赤坂氷川神社・大石内蔵助・勝海舟」という赤坂にちなむ三題噺を無理矢理まとめてみましたが ご笑読いただければ光栄です。
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赤坂氷川神社の本殿の横側

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赤坂氷川神社の本殿の正面

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赤坂氷川神社の石段。 石段下の右側に勝海舟ゆかりのり『四合(しあわせ)稲荷』がある

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忠臣蔵「南部坂雪の別れ」にちなむ史跡という表示

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神社境内にある樹齢400年を超える大銀杏

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勝海舟邸跡の標識

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勝海舟邸跡の標識がある「ソフトタウン赤坂(1階にバーGABY)」

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この記事へのコメント

トシトシ
2011年10月03日 16:09
なぁ~るほど、楽しかった^^
白象
2011年10月03日 16:30
トシトシ様
コメントを有難うございます。 

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