清朝皇帝・光緒帝の籠妃を殺したのは西太后という通説の真偽を問う浅田次郎著「珍妃の井戸」を読む

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友人から面白いと薦められたので浅田次郎著「珍妃の井戸」を読みました。 NHKテレビで放送された「蒼穹の昴」を私は見ていませんが 浅田次郎の書いたシリーズ「蒼穹の昴」「珍姫の井戸」「中原の虹」「マンチュリアン・リポート」は 既に450万部も売れたそうです。

「蒼穹の昴」を読まずに続編である「珍妃の井戸」からいきなり読み始めると 良く分からないのではと懸念しましたが 「珍姫の井戸」だけで完結した内容になっており 無用な心配でした。

珍妃というのは 中国清王朝第11代皇帝・光緒帝(1871~1908)が籠愛した側室(実質的な王妃)で 1897年に「義和団の乱」が起きた際に紫禁城内の井戸に落とされ殺されますが 西太后の命令で殺されたというのが通説となっています。 義和団の乱(1900年)で列強8ヶ国の連合軍が北京に迫った際に 西太后が光緒帝を連れて西方に逃げようとしたところ 珍妃が反対し紫禁城に留まるべきと主張したので 西太后の逆鱗に触れ殺されたというものです。

珍妃を殺したのは西太后という通説などから 「西太后=悪女」というイメージが定着し 西太后は 呂后 則天武后とともに「中国三大悪女」とされていますが 浅田次郎は この本「珍妃の井戸」の中で 珍妃を殺害したのは西太后ではなく 「義和団の乱」を鎮圧した英国・ドイツ・ロシア・日本の連合軍であるとし 西太后を弱体化した国家の将来を憂う「国母」として擁護しています。

私にとって 珍妃を籠愛した光緒帝(次の第12代皇帝がラストエンペラーとなる溥儀)というのは余り馴染みのない存在でしたが この本を読み 光緒帝による「戊戌の変法」(1898年)と呼ばれる急進的な政治改革の試みと挫折や 袁世凱の力を借りた西太后の軍事クーデター「戊戌の政変」により光緒帝が紫禁城内で幽閉状態となり西太后が実権を取り戻す歴史的な経緯などを知ることができ 光緒帝を少し身近な存在に思えるようになりました。

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