平成の大修理で創建時の輝きを取り戻した日光東照宮の「陽明門」を訪ねる

nikko1.JPG平成の大修理を終えピカピカに生まれ変わった日光東照宮の陽明門(上掲の写真)を訪ねました。 陽明門の修理は 日光東照宮の「平成の大修理」の目玉として、2013年7月から4年間かけて行われたもので 専門技術者約30人が携わり 江戸時代から受け継がれる伝統技術を駆使して500体を超える極彩色の彫刻や純白の瑚粉塗りの柱、黒漆塗りの屋根などを蘇らせたものです。

1999年12月に「日光の社寺」が世界遺産に登録されましたが 世界遺産になったのは 日光山内にある東照宮 二荒山神社 輪王寺の三つです。

1616年6月 駿府城にて死去した徳川家康は 死後の処置に関し
  1.遺体は駿河の久能山に葬ること
  2.葬式は江戸の増上寺で行うこと
  3。位牌は三河の大樹寺に立てること
  4.一周忌後に下野の日光山に小堂を建て勧請すること

の如く遺命を残しています。 久能山東照宮に埋葬された家康の遺骸は 二代将軍・徳川秀忠により1717年に創建された日光東照宮に移され その後 1636年に三代将軍・徳川家光により現在の絢爛豪華な姿に造営されています。

徳川家康の墓所(奥社宝塔)は本殿の裏側にある207段の石段を上った所にあります。 1615年6月 大阪冬の陣で豊臣秀頼を21歳の若さで自害させてから丁度1年後の1616年6月に徳川家康は73歳で亡くなっています。 

豊臣秀頼としては 徳川家康の余命が高齢なので少ない筈と もし考えたならば 大阪城で籠城して死に急ぐというのとは別の選択肢もあった気が私にはします。
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東照宮の石鳥居

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三神庫

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三猿

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陽明門

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奥宮に通じる潜門の「眠り猫」

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奥宮への石段

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徳川家康の墓(奥社宝塔)

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