NHK大河ドラマ「麒麟がくる」は“本能寺の変”を起こした明智光秀の動機をどう描くのか?

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1月19日から放送を開始したNHK大河ドラマ「麒麟がくる」は 織田信長を襲撃して自害させた“本能寺の変”について 明智光秀の動機をどう描くのでしょうか? 明智光秀の動機については 怨恨説 天下取りの野望説 足利義昭や徳川家康などを黒幕とした共謀説など諸説がありますが 後世に作られた二次資料(伝聞などの状況証拠)に基づくものがほとんどなので 信ぴょう性が無いと言われています。

同じ1月19日にNHK BSプレミアムで再放送された「本能寺の変サミット2020」では 各説を主張する研究者8名が一堂に会し 明智光秀の動機について論争していましたが 結論として 土佐の長宗我部元親をめぐる織田信長と家臣・明智光秀の対立が直接的な原因であったと 一次資料を基に次のようにまとめていました。

土佐の大名・長宗我部元親と同盟関係にあった織田信長は 元親が領土を拡大し四国を統一することについて認めており その仲介を光秀が務めていた。 元親は阿波の大名・三好家と敵対していたが 信長は方針を一転し元親に領土の一部を三好家に返上させることにした。 光秀は元親を説得し領地の一部を三好家に引き渡たすことについて同意させるが 信長は再び方針を変えて元親を滅ぼすことにしたので 板挟みになった光秀は面子を失う。 天正10年(1582年)6月2日 信長の三男・信孝を総大将とする元親討伐軍が出発した日に 光秀は京都本能寺に滞在していた織田信長を襲撃し自害させる。

長宗我部元親と織田信長の仲介役を務めていた光秀に対して 元親が本能寺の変の10日前に感謝していたことが 2014年に新発見された一時資料としての岡山県林原美術館所蔵の石谷家文書に記されており 光秀の動機は 元親討伐軍の出兵で元親と信長の仲介役として面子を失ったことにあるというのが 最近になって研究者の間で広く支持されている見方だそうです。

光秀の動機として この他に 織田家家臣団でトップを秀吉と光秀が争っていた中で 毛利輝元を攻めていた秀吉の応援を信長が光秀に命じたことにより 主君・信長に対して光秀が失望したことと 本能寺の変の日に 既に家督を信長から譲られていた長男・信忠と信長がたまたま京都に滞在していたので 信長・信忠親子を襲撃し織田家の天下を終わらせる絶好の機会になったことを NHKの番組では補足していました。

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」は 日本最大のクーデター“本能寺の変”について 光秀の動機をどのように描くのか 注目したく思います。

尚 本能寺の変の原因として 明智光秀の子孫・明智憲三郎氏は著書「本能寺の変・四二七年目の真実」の中で家康と光秀の間に密約があり 本能寺の変は家康と光秀の共謀だったとしています。 この本を読んだ私の感想を8年ほど前のブログに書いたので もし興味あれば(赤字部分をクリックして)読んでみてください。 NHK BSプレミアム「本能寺の変サミット2020」では 家康と光秀の間に密約があったのなら 本能寺の変後に 家康が危険を冒して伊賀越えで逃亡する必要はなかったとして 共謀説に否定的でした。

冒頭の写真は 明智光秀の復元肖像画です。

mitushide2.JPGNHK BSプレミアム「本能寺の変サミット2020」で一同に会した研究者

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