映画「必死剣鳥刺し」で平山秀幸監督は藤沢周平原作の秘剣をどう撮ったか?

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藤沢周平の時代小説を映画化した山田洋次監督の三部作「たそがれ清兵衛」「隠し剣鬼の爪」「武士の一分」はどれもスバラシイ作品でした。 同じ原作者の時代小説を 平山秀幸という別の監督が撮るとどんな風になるのか興味を持ったので 「必死剣鳥刺し」を見てきました。 

結論を先に言えば 平山秀幸監督の映画は 山田洋次監督より硬質なものの 緊張感のあふれる端正で品格のある作品となっており 山田洋次監督作品に劣らぬと思いました。 藤沢周平の小説に登場する武士が刀を抜く場面は いつもやるせないものばかりですが 今回も陰謀によって“剣を抜かされる”ハメとなっています。 そのストリーは次のようなものです。

時は江戸。 東北地方の小藩・海坂藩に仕える近習頭取・兼見三左エ門(豊川悦司)には消そうにも消えない過去があった。 物頭をつとめていた3年前に、藩主・右京太夫の愛妾・蓮子を刺し殺したのだ。 政事に口をはさむ連子に対して藩内に不満が噴出しており 藩政を憂いた愚直な兼見は 連子を城内で刺殺し自分も切腹する覚悟だったが、意外にも寛大な処分となり 1年間の閉門後、再び藩主の傍に仕えることとなる。 そんなある日 兼見は中老・津田民部(岸辺一徳)から思わぬ話をもちかけられる。 兼見が編み出したという誰も見たことのない秘剣「必死剣鳥刺し」を使って藩主に敵対する分家の帯屋隼人(吉川晃司)と斬りあい始末せよというもの

"必死剣 鳥刺し"とは その剣を抜けば、必ず相手を仕留めるという必勝不敗の剣だが その剣を使う時に剣の遣い手は半ば死んでいるというものです。 兼見三左エ門は帯屋隼人と藩邸内で斬りあって(写真上)殺すことに成功しますが これは罠で 殺した直後に中老・津田民部から「分家の帯屋様を殺害した」という理由で取り巻く家来に兼見三左エ門を殺すように命令が出され 総がかりで襲われた兼見三左エ門は絶命に近い状態となります。

絶命寸前になって兼見三左エ門は 全てのことが中老・津田民部の謀り事で「藩主を廃そうと狙っていた分家の帯屋隼人を兼見に殺させれば 藩主の地位は安泰となり 分家の帯屋を殺めたという理由で兼見を同時に殺せれば 連子を殺された藩主の恨みも晴らせる」ということだったとようやく気付きます。 

このように気付いた直後の場面を 原作者・藤沢周平は「隠し剣孤影抄」にある短編「必死剣鳥刺し」(文春文庫)の中で 次のように書いています。

「しぶとい男だったが、やっと参ったか」 津田民部が、三左ェ門の前に立ってそう言った。 津田をたしかめるように三左ェ門の顔をのぞき、腰をのばすと三左ェ門が握っている刀を蹴ろうとした。 絶命したと思われた三左ェ門の身体が、躍るように動いたのはその瞬間だった。 三左ェ門は片手に柄を握り、片手を刀身の中ほどにそえて、槍のように構えた刀で斜めに突きあげていた。 刃先は津田の鳩尾(みぞおち)から肺まで深ぶかと入りこんだ。
「・・・・・・・・」
鳥刺し、と三左ェ門は呟いたのだが、誰もその声を聞かなかった。
津田の絶叫を聞いて、数本の刀身が、三左ェ門の身体にあつまった。 三左ェ門の巨躯は坐った恰好から、横転して畳にころがった。 そして今度こそ動かなくなった。


「必死剣鳥刺し」を使った場面を書いた藤沢周平の原作は 上記の青字にある如く見事ですが 平山秀幸監督は この難しい場面を原作にかなり近い形で上手く撮っており感心しました。 誰も見たこともない必殺技「必死剣鳥刺し」を 帯屋隼人にではなく 全てを謀った津田民部に対して絶命寸前の兼見三左エ門が「鳥を刺す」如く最後に初めて使う場面は痛快でした。

米国映画のヒーローは、悪人をみな退治して最後はヒーロが生き残るのですが、日本の武士物は主人公の壮絶な死をもってほとんどが終わります。 葉隠れに「武士とは、死ぬことと見つけたり」とありますが、武士を描くには殺さないとどうしても描けないのか、あるいは、日本人はそもそも悲劇が好きなのでしょうか。

藩のために尽くしても 藩の上層部からいいように利用される江戸時代の下級武士・兼見が苦悩する姿を見て 上司に恵まれない現代のサラリーマンに通ずるものを感じました。
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連子を殺害して立ち去る兼見三左エ門

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津田民部の取り巻きと戦う兼見三左エ門

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藤沢周平著「隠し剣孤影抄」(文春文庫)。 「必死剣鳥刺し」は中にある8短編の一つ

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