仙台藩・伊達騒動で通説だった悪人・原田甲斐を忠臣として描いた山本周五郎著「樅の木は残った」を読む

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伊達騒動 加賀騒動 黒田騒動の三つを「三大お家騒動」と呼ぶそうですが 江戸時代前期に仙台藩伊達家で起きた「伊達騒動」を題材にした山本周五郎著「樅の木は残った」(新潮文庫 上中下巻)を読みました。 この本は 日本経済新聞に連載され講談社から1958年に刊行されたもので 1959年に毎日出版文化賞を受賞しています。

山本周五郎の代表作として知られ 周五郎作品の中では最も多く映画・テレビ・舞台化されているそうですが 今回 「樅の木は残った」を初めて読み 「伊達騒動」で通説では悪人とされている原田甲斐を忠臣として描いたことを知りました。

世に言われる伊達騒動(1671年)は「寛文事件」とも呼ばれ 史実とされているのは 次のような内容だそうです。

在位2年で隠居を命じられた伊達綱宗のあとをうけて伊達62万石の当主となった亀千代丸はまだ2歳になったばかりの幼児であり その後見役として藩政をほしいままにした伊達兵部の悪行にたいして 伊達安芸が幕府に訴え出たことから大老・酒井雅楽頭の屋敷における評定となり その席で伊達兵部の腹心とされる原田甲斐が伊達安芸に突然に斬り切りかかって殺し 原田甲斐も騒ぎに気づいて駆けつけた酒井家の家臣に斬られて殺されたことで 伊達兵部一派の断罪が確定し 仙台藩62万石にはお咎めなしとなる。

この事件で 幕府大老・酒井雅楽頭邸にて尋問を受けた伊達安芸と伊達兵部の腹心・原田甲斐等が殺害されるという予期しなかった事態となったことから 伊達騒動の真相は良く分からないままなのですが 通説では 兵部派が逆臣 安芸派が忠臣とされ 原田甲斐は兵部の手先として動き 酒井雅楽頭邸で狼藉を働いた極悪人と見なされてきました。

山本周五郎は「樅の木は残った」の中で 幕府大老・酒井雅楽頭のねらいは 伊達家内部に対立を起こさせ そのことを理由にして伊達家62万石を取り潰すというもので 酒井雅楽頭の腹黒い陰謀を見抜いた原田甲斐は 突然の乱心ということで評定を不可能にし 酒井雅楽頭の陰謀を示す証拠を表ざたにしない代わりに 伊達家安泰を保証させた忠臣として描かれています。

山本周五郎著「樅の木は残った」は小説なので 従来の定説を覆す正しい解釈かどうかは定かでありませんが 定説だった原田甲斐悪人説を否定し 原田甲斐を 伊達家の危機を救った忠臣として描いた著者の新解釈は とても興味深いと思いました。

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